宇多田ヒカルさんの誕生エピソード

イギリス人のバーテンダーと再婚が報じられ幸せいっぱいの宇多田ヒカルさん。そんな宇多田さんには、とても神秘めいた出生秘話があるのです。
宇多田さんの誕生日は1983年の1月19日でしたが、その時点ですでに出産予定日から3週間が過ぎていたため、医師の判断で帝王切開をすることに。そして、帝王切開で赤ちゃんを取り出してみたものの、心臓が止まっている状態でした。医師は『残念ながら赤ちゃんは死亡をしているので、今回は諦めて下さい。』と両親に告げますが、その場に居合わせた夫の照實氏は諦めきれずに、既に決めていた赤ちゃんの名前である『ヒカル』を連呼しながら、体全身のマッサージを始めました。愛情をこめながら何度も生き返れ生き返れとつぶやきながらしばらくすると、なんと父親の願いが通じたのでしょうか、心配停止状態だった赤ちゃんの心臓が動き始めたのです。そして、この世に宇多田ヒカルが誕生したのです。あの時のお父様の粘り強い気持ちが無かったら、今頃宇多田ヒカルさんも、そして彼女が作った素晴らしい曲もすべてなかったと思うと、本当にお父様に感謝ですね。
そうして無事に育った宇多田さんの幼少期は、結婚と離婚を繰り返す両親のせいで、日米を何度も行き来する生活になります。母親の藤圭子さんは宇多田さんに対してとても強い期待を持っていたため、宇多田さんはその期待に応えようと、勉強も運動も必死に頑張ったと言っています。そして、頑張りすぎた結果、9歳の時には既に怒りと不満の感情がなくなったとあるインタビューで語っています。何だかとてもかわいそうだと思えてしまうエピソードですが、彼女が歌うあの切ない、でも共感できるような歌詞などは、きっとそういった環境から生まれたものなのかと思うと皮肉な話でもありますね。
また、彼女の結婚観自体もとても独特で、以前結婚をしていた記里谷和明さんとの離婚の原因については、『夫(紀里谷さん)が結婚と同時にインタビュアのように、私を追及し始めたことに困惑した。』と語っています。自分がどんな人間であり、どんなことを夫に望んでいるのかなんて分からないし、それを考えるのも違和感があるとも言っています。紀里谷さんは、妻のすべてが知りたいと思いそれを行動に表しただけなんでしょうが、宇多田さんにとっては少し迷惑だったと言うことですね。つまり、幼少期に失くした感情の代わりに、身に着けることになった鉄の仮面を結婚でもはずせなかったということですね。宇多田ファンの一人としては、現在の御主人の前では鉄の仮面を外してもらい、いろいろな感情をぶつけられるようになっていれば良いなと願うばかりです。

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