芸能界復活した中森明菜の男運のなさを検証

中森明菜といえば、80年代に松田聖子や小泉今日子などと並び、一世を風靡したアイドルですね。バブル時代を体験した男性には、今でも熱烈なファンがいるといいます。明菜ちゃんは、16歳の時に日テレが開催していたオーディション番組「スター誕生!」に見事合格。その後1982年に「スローモーション」で華々しくデビューしました。「北ウイング」、「飾りじゃないのよ涙は」「ミ・アモーレ」など、シングルを出せばヒットをする人気者の明菜ちゃん。1986年には、「DESIRE -情熱-」で2年連続で日本レコード大賞を受賞します。1992年のテレビドラマ「素顔のままで」で安田成美と共演し、女優としても実力を発揮しましたよね。90年代になってから、下火となったとはいえ、地道に芸能活動を続けていた明菜ちゃんでしたが、2010年10月、体調不良を訴えて、無期限の活動停止を発表します。長年の明菜ちゃんファンはがっくりしてしまいましたよね。それ以降は、メディアはもちろん公の場にまったく顔を出していなかった明菜ちゃんでしたが、2014年の大晦日に紅白歌合戦でとうとう復活しました。そんな明菜ちゃんの裏話をピックアップして検証してみましょう。

明菜ちゃんの活動停止の原因は、ストレスが原因で体調を崩したと言われていますよね。体に帯状疱疹が出て、かゆくてたまらないという状況に一時なってしまったようです。帯状疱疹は短期間で治ったのですが、明菜ちゃんの心に深く残ってしまったのがうつ病。多くの芸能人のやる気をむしばんでいくうつ病ですが、明菜ちゃんもその餌食になってしまいました。もともと人気絶頂期の80年代から、マッチこと近藤真彦との恋愛が原因で、たびたびリストカットの噂が広がるなど、うつ病傾向にはあったようです。自殺未済が取り上げられた時期もありましたよね。

そんな明菜ちゃんは活動停止の前後は、担当マネージャーと付き合っていたというもっぱらの噂です。このマネージャーがどういう人だったのかは、まだよく分かっていません。現状からみると、おそらく明菜ちゃんをサポートすることはできなかったのではないでしょうか。その後、明菜ちゃんはなんと神社の神主さんと付き合いはじめ、世間を驚かせました。結婚まで秒読みのところまでいったみたいですが、悲しいかな、うまくはいかず、その反動か芸能界復活を果たした明菜ちゃん。ことごとく男運のない彼女ですが、今後男を振り払えたら良い芸能活動を行っていけるかもしれませんね。

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